Folk Alive Club

2008年10月25日 (土)

自宅で偶然見つけたFAC春定のパンフ

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今日ぶらぶらと自転車で実家に立ち寄った際、何気なく自分の部屋を整理していると、フォークアライブクラブ(FAC)時代の春の定期演奏会karaokeのパンフレットが出てきました。

Dsc02646
中原中也だよね?

今私が持っているだけと思いきや、思いがけず出てくるのですからこれは嬉しいです。シッキーが2回生のときのものです。全部が全部きちんと保存していませんしね。シッキーが活動を再開したからこそ、このパンフも値打ちが出てくるというものです。

早速中身を確認すると…あまりにも多いスポンサー広告!こんなに我々はスポトリを頑張っていたのかな?こちらは我々の代である2回生のページです。

Dsc02647
バンド紹介と広告の境目がわかりにくいね

白くなっているところは個人名なので消させていただいています。「ぎょうざ」も気になるところですね。バブルな時代だったので、どこも簡単に小銭程度のお金なら出してくれたのでしょうね。

では相方1号のバンド紹介です。

Dsc02649
ハイセンス

白く消した箇所がたくさんあります。これは何故か?

はこの左上から右下に走る対角線上を中心線として1号の本名が感じで配置されているのです。反対側の対角線はその中心線を飛び越えるかのごとく弧が描かれています。

フリーハンドですがこの幾何学的な図柄から1号の音楽性が表されています。実に奥深いものを感じます。logとかsinとかcosとか数的理論は当てはまりません。

では、私2号のバンド紹介です。

Dsc02648isii
恋の1-2-3、それは3-2-1だね

見ての通りファミコンのディスクシステムのディスクカードの絵が。では、これは何でしょう?実は、当時ちまたで流通していたゲームを違法コピーする為の空ディスクカードのパッケージなのです。「1-2-3」の文字にシルクハットをかぶったタツノオトシゴ…意味不明ですね。

これを見て感じました。

十何年たった今、またバンド紹介を書けといわれたら、私はおそらく同じような事をやっていると思いました。だって、こんなノリ大好きなんだもん。

シッキーの「VOXY」をYou Tubeで見よう!

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2007年8月24日 (金)

FACの合宿 ゲンジとり

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●テニス

ダブルスで試合をしました。私と相方1号はテニスサークルに少しだけ入っていたということでできるのではと見られていましたが、全くできませんでした。

でも、最初の私のサーブ、まず入ることがない上からのサーブを試みたところなんとこのサーブが入ったのです。この1打はサークルメンバーをびびらすことができました。これだけ憶えています。

●プール

きれいなプールでした。海から帰ってすぐプール、体が洗われたような気がしました。

●ゲンジとり

ゲンジ、とはクワガタのことです。その3回生の幹部に昆虫が大好きなかたがいました。要は、夜に樹に蜜をぬり朝早く起きて採りに行くというものです。一瞬楽しそうに見えますが、ほとんど夜は酒を飲んで寝ることができないまま、ちょうど眠たくなる夜明けに行動するのは非常につらいのです。それでも私とこれまた相方とあと数名のメンバーがゲンジとりをしました。

しかし、起きたのはすでに太陽が照っていた朝でした。すなわち、遅すぎるんですね、我々の起きるのが。そして蜜を塗った樹にいたのはなんとカニでした。この話は笑い話になりました。

このとき相方1号は寝てしまって参加できませんでした。当時、同期のメンバーと「お前、眠たかったから寝たふりしていたやろ!」と言ってました。僕も絶対そうだとおもっていましたが、あらためて聞くと本当に眠っていたとのことです。真相はわかりません。

●食事後のゲーム

なんとなく憶えています。チームごとにわかれゲームで勝負。負ければいろいろな罰ゲームが待っているというもの。かなり幹部からおどろかされていましたが、いざ本番ではそんなにたいしたことはなかったように思えます

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2007年7月15日 (日)

FACの合宿2 海 パチンコ

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●海

宿泊先が少し高台にあったためタクシーで移動しました。当然毎日行きました。体格のいい同期メンバーが一人おり、唯一その肉体美をあらわにビキニパンツを着用していました。ゆえによく似合っていました。他の同期メンバーと亀の浮き輪でえらく遠くまで泳いで行ってました。おそらく競泳大会もあったと思います。憶えているのはビーチバレーをやったことです。これは写真が残ってるので間違いないです。

で写真をあらためて見返してみると、

・スイカ割り
・海の中で部員が輪になって円陣を作っている(何かをしているんだろうが思い出せない)
・砂で女体を作っている(確かそこに埋められ顔だけ出すというやつ)

おそらくこれら以外にももっともっとイベントがあったのでしょう。忘れていた記憶がまたよみがえる、写真の威力は凄いものがあります。そういえば先輩が「写るンです」の水中カメラ版を買って海水浴をしている女性の写真を撮ろうとしていました。我々下っ端がカムフラージュの浮き輪とともに女性に近づき撮影するという小学生レベルの知恵で動きましたが結局いいものはとれませんでした。たしか。

●パチンコ

電車の待ち時間に先輩が駅前のパチンコ屋にいってたような。当時の幹部メンバーはパチンコ屋でバイトするほどパチンコが大好きでした。もちろん田舎のパチンコ屋なので釘はしまっています。あほほど負けていたのでないのでしょうか。

つづく

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2007年7月12日 (木)

FACの合宿 白浜へ

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FAC(フォークアライブクラブ)の夏合宿の話です。すこしずつですが記憶ある限り紐解いていきましょう。

場所は白浜です。白浜は子供のとき、また高校の卒業旅行でも行きました。私にとっては比較的なじみのある観光地です。祖父母に白浜に連れて行ったもらったとき、ちょうどその日は春の高校野球が行われており、あの「新湊旋風」があった1986年、まさに京都西- 新湊が行われた準々決勝の一戦の日でした。三段壁でラジオ中継を聞いていたのをいまでもおぼえていますが、京都西が18本の安打をはなって1点しかとれず、結局延長14回で佐々木投手のボークで決勝点を与え新湊が勝利したのです。

それはさておき、一行は我々十数名。合宿の段取りは3回生がしたので我々は本当に行くだけ。ただ1回生の2名が白浜にギターを持っていかなければならない使命がありました。確か私はその役目は逃れましたが、そりゃああんな重いギターもって行くのはいやですよね。

おそらく「くろしお」に乗っていったと思いますが往復の道中は覚えていません。当時の3回生の諸先輩方は並々ならぬパワーを持っていました。その勢いがそのまま合宿に現れていました。とりあえずはイベント尽くしなのです。ついて休む間も無く、泳ぎ、ビーチバレー、テニス、プール、夜はバーベキューがあったり食事後のイベント…

●宿泊先

宿泊先は大きめのペンションでした。高台にありプール、テニスコートがありました。歩いては海に行けませんが、そこだけでも十分楽しめるという、もう一度行ってみたいと思える場所でした。朝まで酒を飲んでよく他の宿泊客から文句がこなかったくらい大声で騒ぎました。寝ようとするならば先輩からたたき起こされます。その件については事前に「お前らはねかさへん、ねたら電気アンマで起こす」といわれていたので警戒はしていましたが、ほんまに寝たら電気アンマされました。だから寝れませんでした。また数部屋に分かれていましたがその先輩が居る部屋によっても過ごしやすさが変わりました。寝れないだけでなく   お酒ものまされましたから

●食事

普通にペンションの食事を食べていたと思いますが、一晩だけバーベキューをしたのをおぼえています。後援会のメンバーにいっぱい肉を食べさされた記憶がありますがとても楽しかったです

●夜

わざわざ持って行ったギターの役目は、やはり音楽サークルですからギターが必要なんです。でも現役3回生の企画した合宿は全部遊びです。もしかしてそのギターで誰かが夜に演奏していたかもしれませんがそれも記憶にありません。砂浜で海に向かって弾くなんてこともぜったある晩、4回生の先輩がバイクで夜に登場しましたその夜は先輩がギターを弾いていた気がします。まったりと過ごす夜でした。いや、別の部屋ではばかみたいに騒いでいたのでしょう。いずれにせよ長いけどあっというまの夜でした。

つづく

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2007年7月 8日 (日)

夏、須磨、そしてFACの合宿…

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この前の木曜日に須磨に行ってきました。

Dsc06424
海の家は今風

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西には明石大橋が

丁度海開きの日、まだ人はまばらでしたが夏を感じさせる一日でした。

夏といえば海、ヒカシューの「夏」といろいろありますが、S.F.BOYSが学生時代に所属していた音楽サークル「Folk Alive Club(フォークアライブクラブ)」でも合宿がありました。夏は白浜に行きました。人生の中で一番楽しいといっても過言ではないくらいの合宿でした。そのときの思い出を、記憶がある限り記したいと思います。つづく。

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2007年1月21日 (日)

EVE祭のパンフレット 谷垣禎一も参加

原理研はいまもあるの?

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ちょっと時期が外れましたが、昨年の同志社大学EVE祭のパンフレットです。

 

[559260.jpg]

 

昨年は縁あってEVE祭に行くことが出来ました。

我々の時代のときもこういうのがあったかもしれませんが、そういうものは持っていません。各パートごとの紹介にスポンサー広告がある、まさに書籍の基本形です。もちろんFACもあります。

 

特に気になったのが日中学生シンポジウムというプログラムの基調講演に谷垣禎一氏がエントリーされていました。京都からの総理誕生を期待しましょう。

 

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2006年11月28日 (火)

EVE祭 ランダムステージ

 EVE祭期間中に旅行するサークルは邪道だ

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キャンパスへ場所を移しました。

[517786.jpg]

曇り空も吹き飛ばす熱さ

 

仕事もさることながら、やはりきになるのは

 

潮吹きボーイズ誕生の地

Folk Alive Club=FAC

 

です。我々が所属していたときは任意団体であり、俗に言う「とんがりぼうし」「SMMA」といった王道の音楽サークルとは全く外れたポジションでした。「FSS」は知ってても「FAC」は知らない、そんな感じですね。

 

いまや大きく成長したFACを見つけることは非常に容易です。

 

[518108.jpg]

「軽音サークル」の肩書き

 

会場も至誠館で他の音楽サークルと一緒に場所を分かち合っていました。これも昔の話ですが、当然部室などなく、EVE祭前になんとかできた練習場も「LOVE&FREE」と共同で使用するという立場の狭い状況でした。それがいまや立派に。

 

教室では熱いライブが行われていたようですが、丁度いいタイミングでまもなくランダムステージということでそちらを見ることにしました。

 

[517787.jpg]

許されるのなら「星の会の少年」をランダムで歌いたい…

 

ランダムはやっぱり盛り上がります。

15年前のFACもランダムはありました。確か雨の中、皆で応援したのを覚えています。そのときと全く雰囲気は同じでした。FACの2組目のバンドまで聞かしてもらいました。とても楽しかったです。

 

[517788.jpg]

131年の歴史 

 

仕事があるので惜しみながらEVE祭を去ることにしました。きづいてみると空は薄暗くなりイルミネーションが飾られていました。

 

そういえば、このブログのタイトルにもなっている「星の会」。帰る間際まですっかり忘れていました。bombというのも校門付近で出店しているのを見つけて思い出したのです。すみません。星の会も我々シオボーを語るには絶対忘れてはいけないキーワードでした。

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2006年11月27日 (月)

シオボー結成15周年記念企画第1弾 EVE祭参上

中華料理「ニュー北京」に行き損ねた

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昨日が潮吹きボーイズ結成15周年の日でした。世界へ羽ばたけと言ってる場合ではないですね。今後とも応援よろしくお願いします。

 

そして今日は予告どおり仕事ではありましたが同志社大学のEVE祭に行って来ました。平日でかつ天気もすっきりしない中、キャンパスは多くの人だかり。世代の違いを改めて痛感しました。

 

最初に訪れたのは寒梅館にあるハーディーホール。

 

[517347.jpg]

名作漫画「ローレルとハーディ」ではない

 

かつての大学会館(通称 学館)が大きく姿を変えました。我々が所属していたFolk Alive Club(現 FAC)の活動拠点の場でもあった学館、コンサートや2Fのたまり場?でミーティングを行い、食堂ケルンで食を満たし本屋で買い物…あの薄汚さが大好きでした。いまや建物は博物館を思わせる作り。また、ホールもすごい。

 

[517348.jpg]

舞台の間口が広い

 

こんなホールで我々もやりたかったです。

 

そこで気になるのはあのFACがどうなっているかです。で続いてはキャンパスに出かけることになりました。続く

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2006年11月22日 (水)

同志社大学EVE祭に行きます

学館が懐かしい…

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来週の27日(月)、なんと仕事で同志社大学のEVE祭に行くことになりました。EVE祭といえば我々潮吹きボーイズの結成された記念すべき初ステージ。私自身2年ぶりにお邪魔することになるのですが、またあの楽しい雰囲気を味わえると思うととてもうれしいです。当然時間があればFolk AliveClubのステージをみたいとおもいます。ランダムステージもあるみたいですね。

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2006年5月28日 (日)

とりあえず○○してから考えろ

 Folk Alive ClubのOB集まれ!

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昨日からの続きです。

 

僕自身はFolk Alive Club(もう皆さんご存知ですよね 同志社大学の音楽サークル フォークアライブクラブのことですよ)に入る際、何もためらう事は一切なかったのですが、先輩、同期、後輩ふくめ皆入部することを迷う人がたくさんいました。

 

そのときの先輩の言葉が

 

「とりあえず○○してから考えろ」

 

だったのです。

 

すなわち、たとえば新入生が入る時期、サークルの説明会で迷っていたとします。そこで

「とりあえず演奏会を見てから考えろ」

となります。で見にいきますよね。そこで迷っていたら

「とりあえずこのあとの打ち上げにいってから考えろ」

以下同様です

「酒飲んでから~」

「次のミーティングにでてから~」

いつしかサークルの活動に参加するようになります。それでもまだ決心がつきません。

「新入生コンサートに出てから考えろ」

さらに

「春定(春の定期演奏会)に出てから~」

季節は夏になります

「とりあえず夏合宿に出てから考えろ」

こんな感じで知らず知らずの間にFACの一員となっているのです。

 

人間の心理をついた見事な作戦です。

まだきちんと会話が出来ない息子相手ですが、親が言ってる事は大体わかっています。この説得法が頭のどこかに残っていたのでしょうか。口からその言葉を発したときに、FACのことが思い出されました。

 

このフレーズって今改めて思うんですが、なかなかいいですね。強引でなく相手にも考えさせる余裕をもたし、かつ婉曲的で空気を悪くさせない。この社会でもTPOが合えば使えそうです。one

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2006年5月27日 (土)

子供と一緒にお風呂

蛯原友里もエビぞり、って…

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ついこの間3歳になった長男が最近一緒にお風呂に入るのを嫌がります。下の子ができてさらに母親に甘えるようになったからでしょうか。

 

それでも一緒にお風呂に入らせます。休日くらいは親子のふれあいも必要ですし、妻の負担も減らせますし。いつもは入ってしまえばそんなこと忘れて機嫌も良くなるのですが、今日はむしの居所が悪いのかずっと泣いてましたgawk

 

「お母さんと一緒に入る」

 

まだ会話もきちんとできませんが、その言葉を繰り返す子供に僕が答えます。

 

「とりあえずシャンプーしてから考えろ」

「とりあえず体洗ってから考えろ」

「とりあえず湯船に使ってから考えろ」

「とりあえず風呂あがってから考えろ」

 

そうこういっている間に泣き止み、機嫌も戻って風呂を出て行きました。

 

実はこのやりとり、ある経験則sign02からきたものだったのです。そうそれは、Folk Alive Clubです。

 

続く

 

 

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2006年2月 6日 (月)

FAC(Folk Alive Club)の後輩へ

1月25日の日記に我々が所属していたFolk Alive Club(略してFAC)の後輩という方からコメントを頂きました。

どうもありがとう(end先輩口調)

 

正直とても嬉しかったです。

ネットで音楽を愛するFACの人間とつながったのですから。あれだけ世話になった先輩・同期・後輩もサークルを離れれば自然と疎遠になっていきました。いまでは付き合いがあるのは相方1号だけです。意識的にタイトルに「Folk Alive Club」と入れて検索にひっかかりやすくして仲間をさりげなく呼びかけていたのですが、なかなかその語句で検索する人も多くなかったようで、それでもこのブログで思い出をつらつらと書いてloveletterおりました。

 

僕等の時代は全員がアコースティックギターで活動をしていました。(バンドといっても今のシオボーみたいな感じです)そして「すべてオリジナル曲」という条件がつけられていました。

 

大学内では「FSS」(フォークソングソサエティだったっけ?)がフォークという名を残していましたが、すでに軽音サークルと化してました。

 

実は昨年、こっそりsweat01とFACのライブを見に行くことが出来ました。軽音サークルになっていたのはしっていました。仕事があったので、午前中のわずかな時間でしたがとても懐かしかったです。

 

学生時代に思い切り自分自身のやりたいことをやってくださいね。社会人になるとそうそう自分の時間は持てなくなります。学生時代、1日1回はギターに触らないと不穏になっていたのに、社会人になったら本当にさわることすらもなくなってしまいました。でも、仕事で忙しくなっても音楽は出来ます。シオボーみたいにねvirgo

 

シオボーは縁あって今一度復活することができました。

これからもこのブログに遊びに来てくださいhappy01

 

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2005年12月 1日 (木)

レイザーラモンHGの腰振りは潮吹きボーイズが元祖!?

打ち上げの話はまた後日ということで、先日相方1号のブログにて衝撃動画の第2弾が公開されました。

 

前回と同じくEVE祭でのステージ映像movieです。記念すべき1曲目となったのが「TIMPO MAN」です。西城秀樹がザ・ベストテンで9999点をとった大ヒット曲「YOUNG MAN」のアンサーソングです。

 

その際

「T (T) I (I) M (M) P(P) O(O)」

と二人がアルファベットを体で表現するのですが(YMCAの部分ですね)最後の部分で私2号が腰を突き上げてupいます。1号のブログでは2号だけとなっていますが、実は1号もやっているのです。2人で突き上げようと打ち合わせし、そして練習したんです。信憑性全く持ってゼロですが、本当にもしかしてレイザーラモンHGがこのライブをみていてヒントflairにしたのかもしれませんね。

 

この映像は他にも見所満点です。

 

ギターが聞こえにくい分、キーボードの音が中心となっていますがコードがぜんぜん合っていません。また、TIMPOと叫ぶ前に私がステージの前に出てくるストロークが若干あるのがなんとも言えない間となっています。ぜひご覧あれ!

 

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2005年11月19日 (土)

自画像のタッチはシャガール風

では相方1号のバンド紹介です。

[267308.jpg]

267308

当然ながら本人が描いただけに、ラフですが特徴は捕らえています。残念ながら僕を含めその他の1回生のメンバーは出場していないのでありませんが、上の部分は独創的なフォントで本名が記されております。

よく見るとギターのボディ、ネックなど描写全体がかなり不安定です。弦もありません。もしこんなギターがあれば是非見てみたい代物ではありますが、もしかして相方はギターを書いたのではないのかも知れません。その真意はいまだ謎ですが、絵のタッチは何か非凡さがあふれるセンス、さしずめフォーク界のシャガールhappy01と言ったとこでしょうか

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橘女子大とのジョイントコンサート Folk Alive Club時代ですよ

またもや秘蔵アイテムが出てきました。

我々シオボーが在籍していたフォークアライブクラブはなぜか京都にある橘女子大学happy01の音楽サークルと交流があり年に何回かはジョイントコンサートを開いていました。

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[498473.jpg]

サークル名が「メルヘンハウス」happy02。あらためて見ると可愛らしい名前をつけていたんですね。

実はなんとこの同志社大学の学館ホールでのライブが相方1号のデビューライブだったのです。(リンク先を参照されたし)

このサークルは今もあるかどうかは定かではありませんが、活動内容が比較的フォークアライブクラブに近い、アコースティックギターやピアノによる弾き語りを中心にしていました。少人数ながらなかなか気合annoyの入っていたサークルでした。そこで、すでに前評判の高かった1号の初ステージです。

次回は相方1号のバンド紹介をご紹介しましょう。

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2005年11月12日 (土)

ソロのバンド紹介が持つ意味 2号編

先日こちらでフォークアライブクラブ時代のライブのパンフレットについて紹介させていただきましたが、皆様お待ちかねの我々1号、2号のソロ時代のバンド紹介です。

 

まず私2号rouge

 

[181426.jpg]

 

またもやテクノ色(おそらくクラフトワークのレコードにある歌詞のコピー)を無理から出そうとしていますが、このときに興味を持ち始めたニューウェイブ突然ダンボールの歌詞をコピーしています。突然ダンボールについては後日「潮吹きボーイズのルーツ」で説明予定)とすでに大ファンだった大洋ホエールズの大門和彦投手(東宇治高-大洋-阪神 現アイディーリンク代表取締役)をフィーチャーしています。人物は当時の大洋の須藤豊監督と景山民夫氏です。

 

結局のところ自分自身がこういう人間だとアピールしたくいっぱい詰め込んだと言うところでしょうか。もし、いまバンド紹介を作れといわれたら同じようなものを書いてしまいそうですsun

 

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2005年11月 8日 (火)

またもやFolk Alive Club時代の秘蔵品

大学時代に在籍していたフォークアライブクラブの秘蔵アイテムがまたもや出てきましたdelicious

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秋の定期演奏会、通称秋定と呼ばれるライブのパンフレットです。

両手から出る怪しげなオーラshadowがタイトルの六弦狂奏曲と見事にマッチしています。

秋定は僕自身としてはその当時の代表曲を発表できた一番ベストのライブステージでした。

となれば、パンフレットにあるのはバンド紹介ですね。

次回我々潮吹きボーイズのソロのバンド紹介をお見せしたいと思います。

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2005年10月25日 (火)

Folk Alive Club(FAC)のステッカー

大学時代に所属していたFolk Alive Club=フォークアライブクラブのステッカーです。

267263

[267263.jpg]

実は僕も最近までヤイリのギターケースに貼ってあるのを忘れていました。確か部長はじめ諸先輩方に無理やり何十枚か買わされ、無理やりギターケースに貼らされた記憶があります。

でもセンスあるステッカーだと改めて感じます。やはりアコースティックギターにあう、ブルージーな感じがします。もう1枚欲しいなhappy01

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2005年10月19日 (水)

EVE祭 バンド紹介 ソロ編

こちらで紹介したバンド紹介のソロ編です。

もともとシオボーはEVE祭の企画で誕生したものであって、本来は1号2号はソロで活動してました。

 

まずは私2号のバンド紹介

 

[162425.jpg]

 

おそらくクラフトワークのLP盤の歌詞カードからコピーしたものだと思いますが、無理やりテクノ色を出そうとしています。その割には文字が手書きでまったくもっていい加減なので自分でも笑えますhappy01

 

続いて相方1号です。

 

[162427.jpg]

 

奥が深いですsign04

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2005年10月11日 (火)

EVE祭でのシオボーのバンド紹介の分析

もう一度バンド紹介を。

 

[267304.jpg]

 

上下にこすりがある部分が我々の本名が記されています。バンド名がそこには書かれていない、ということはこのバンド紹介を作った時点では、まだ「潮吹きボーイズ」という名前が命名されていなかったのでしょう

 

下の名前部分にパート(Vo G Key Per)と書かれています。この時点で既にラップやキーボードを使用した斬新な音楽noteを想定していたと思われます

 

右上には天文台、望遠鏡で輝ける星と土星の輪を見ています。また手前の眼鏡をかけた人物は、相方が星の会のBOXにギターを置いていたのを怒ったH先輩です。これは我々二人が出会ったのが星の会であるということについて敬意を表しています。

 

大きく「TINPO MAN」の人文字があります。シオボーの歴史を飾る第一曲目ですが「一緒にして」とハートマークを添えてメッセージしているところがなんとも茶目ですね。我々もステージ上でこの人文字をやりました。

 

奥が深いバンド紹介です。ところでこのイラストを描いたのはどっちだったんでしょうshine

 

 

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2005年10月10日 (月)

Folk Alive Club(フォークアライブクラブ)時代の秘蔵物公開!

人気ブログランキング1位獲得記念第3弾

(第1弾は13日ミノヤホールでのライブ、

第2弾は相方のブログ上での名曲の公開です)

として、我々が大学時代に所属していた

Folk Alive Club(フォークアライブクラブ)でのEVE祭で発行されたパンフレットでの潮吹きボーイズの「バンド紹介」

を公開します。

156730

[156730.jpg]

ブルースの香りがするセンスある表紙

パンフレットは毎公演の度につくります。プログラムと出演するバンド紹介が載せられています。「スポとり」といって、このパンフレットを制作するに当たっての費用を得るために河原町へ繰り出し、アポなしでいろいろなお店hotelに行ってのがとても懐かしいです。

そこで、またまた秘蔵のシオボーの最初で最後だったバンド紹介を公開します。これですdown

267304

[267304.jpg]

名前はぼかしています

衝撃ですdelicious

次回へつづく。

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2005年9月 7日 (水)

昔のFolk Alive Clubの貴重な音源も少しばかりあります それを聴いての心得

昔の音源です。

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[132527.jpg]

わずかばかりのカセットテープ。現在、例のiFP-890でパソコンに取り込んでいますが、皆さんいい曲を作っています。その当時はなんとも思わなかったのに、今聴くとなぜかみんな良い曲を作ってたんだなあとしみじみ感じます。年がいったんでしょうか。というよりも、わずか20歳ぐらいでなんでこんな詩がかけるんだという印象を特に受けます。まだ学生というのに、すでに人生を達観しているような、そんな曲が多いのです。皆するどい感性を持っていたんですね。

特に自分自身の音は、シオボー同様、恥ずかしくて聴けません。歌も演奏もへたくそなのはもちろんですが、、曲の合間のMCがサイテーなんです。内容が、文字に表すこともできないくらい調子に乗っていて、かつ面白くない。そういう意味では相方1号のMCは良くできています。

また、本番のステージだというのに

「練習したのが3日前なんでできてない」

「体調が悪かったので練習できてない」

「たいした曲じゃないですが…」

「下手ですが…」

「練習中に声をつぶしたので声が出ない」

と以外にも僕を含めてこういうMCをしている人が多いのです。

はっきり言ってステージ上でこういう発言するくらいなら出ないほうがいいですねannoy。つい、自分自身を守るためにこういう発言をしてしまいがちなんですが、逆に曲の解説や堂々とやって失敗するほうがかっこいいです。我々のギターや歌よりも技術的に上手い人はたくさんいますが、常に自信をもってステージに臨むことをいつも念頭においています。まともにやったらかなわない分、潮吹きボーイズのキャラやオリジナルソングは誰にも負けませんscissors

実際ライブハウスで上手い人をみると雰囲気にのまれてしまうんですけどね。過去を振り返って、学ぶこともたくさんあると思いました。でも、やっぱりなつかしい!

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2005年9月 6日 (火)

EVE祭のビデオをみて思ったこと その3

ビデオを見るのはとても恥ずかしいですcatface

改めてビデオを見て思ったことは

・若さゆえの勢い、1回生だから許されるむちゃくちゃなステージ

・観客をあまり意識していない

・シオボーが目指す音楽の方向性がいまひとつ固まりきれていない

と反省点ばかりですが、前にも書いたように時代より先に行き過ぎたのは確かな事実です。今でも新しいことをチャレンジgoodしたことを胸を張っていうことができます。

FACをeyeに来る客は比較的内輪の人間が多かった。しかし今のシオボーは第三者だらけのところへ飛び込んでステージをする。また、それぞれ社会人になり家庭を持ったことで物事を見る視点や感性が変化してきたことが、今の音楽活動を一回だけで終わらず継続していっている理由だと思います。当時でもバンドを組むメンバーはいましたが、そうは皆うまくいっていませんでした。何かに縛られることなく、自分たちのペースでできるのも大きな要因でしょう。(FACではオリジナル曲ということが義務付けられていたので、それが苦になっているメンバーも多くいた)

しかし、何回も言いますが、今シオボーがやってることは当時では考えられないくらいハイレベルです。ということは、昔はいったい…

ちなみに他の人たちの映像もいくつかありました。

131709

[131709.jpg]

皆レベルが高いですgawk。アナルインサーツって…また僕個人のステージの映像もありますが、とてもじゃないけど恥ずかしくて見れません。

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潮吹きボーイズのEVE祭ビデオを見て その2

「TINPO MAN」

 

躍動感のあるイントロから始まるこの曲、キーボード2台を駆使して奏でるものの、とにかくなっていません。曲の最後でYOUNG MAN同様上半身でアルファベットを表すのですが、なぜか「TIMPO」です。おそらくNという文字が表現しにくかったからMにしたかどうかは定かではありません。

 

1曲目が終わると相方が唐突に

 

「俺のこと好きか?」heartheart

 

と僕に聞いていますgawk。まったく今となっては意味不明ですが当時は打ち合わせをしていたのでしょうか。そこで我々が出会ったのは「星の会」だったというトークの後

 

「星の会の少年」shine

「くたばれ○○」pout

 

が演奏されます。「くたばれ○○」は相方が時間をはかり或る一定の時間が経てば僕に合図し、それに合わせて僕がシャウトするという、いわば時限bombのような曲でした。こんな感じの曲は世界中どこを探してもないでしょうangry

 

・つづいて、当時はやっていたMCハマーに倣い、Folk Alive Club(フォークアライブクラブ)初のラップ

「僕達、星の会  僕達、FAC」

 

「アルバイト」という2回生の先輩の曲の替え歌で相方がFolk Alive Clubのことを題材にして歌った曲

 

・「101回目のプロポーズ」にインスパイアされ、寸劇もくみいれたCHAGE&ASKAのコピー

「SAY YES」

(7/4のブログですべてオリジナルと書いていますが、一曲コピーがありましたので謹んで訂正いたします)

 

詳細はこちらをクリックしてください

 

ところで相方が久々にを作っています。こんな詩は僕には書けません。これはこれでとても楽しみですね。

 

つづく

 

 

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2005年9月 4日 (日)

お宝?潮吹きボーイズの秘蔵ビデオついに発見!

8月28日のブログにちょこっと書きましたが、フォークアライブクラブ時代のシオボーのライブビデオをついに実家で発見flair

130499

[130499.jpg]

シオボーは皆さんご存知の通りもともとFAC時代EVE祭のステージでのみ結成されたものであり、よってこの1回きりしかないのです。今思えばほんまにこのビデオ残しててよかったと心から感じます。

で、実際見返してみるとなんと第1期潮吹きボーイズは

ギター1台とキーボード2台の変則ユニット

だったのです。この事はまったく記憶になかったので、本当にびっくりです。おそらく相方も覚えていないでしょう。

確か順番はトップバッターで朝9時ごろだったと思います。それにしてはかなりのハイテンションです。

ステージで準備中で会話。

MCは紅一点だった女性の先輩です。

MC「潮吹きボーイズの由来は?」

相方「○○さん命名です(部長の名前)」

(カメラ近くに座る4回生の諸先輩方より、アホやとの声)

MC「どう思うこの名前?」

相方「感謝しています」

MC「今日アイスクリーム持ってくれなかったの?」

相方「いや融けますよ」

(諸先輩方より失笑あり)

なんともいえないやり取りです。

ステージ開始。

登場は上手か僕が、下手から相方が「フー」と叫びながら体をくるくるtyphoon回転させながら出てくるというスタイルだったのですが、僕だけしかしていませんsign04相方が急に恥ずかしくなったのです。定位置についた後、

「ワン、ツー、スリー、フォー ワン、ツー、スリー、フォー

潮吹きボーイズ イェー!!」

で、西城秀樹のヤングマンのアンサーソング「TINPO MAN」が始まるのですが相方が歌詞を置き忘れてやり直しbomb

つづく

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2005年8月25日 (木)

潮吹きボーイズの名前の由来

「潮吹きボーイズ」

 

我々にとっては自分自身のバンド名なので当たり前のように馴染んでいますが、初めての人がこの名前を聞くとインパクトを感じるようです。

 

この名前の由来については相方1号のブログにも登場したとおりです。イブ祭(同志社大学の学園祭)で企画バンドということで1号と組むことになったのですが(昔のことなので実はあまり覚えていませんが)、確かミーティングの場でFolk Alive Clubの部長が「お前らの名前を付けたるわ、お前らは、潮吹きボーイズや」瞬間的に出てきたものだったと思います。この部長は、すごく統率力があり、またとても面白い方でした。また、同じく他のメンバーの名前も命名しており「T字バック○○」「ピーピング○○」といった当時の世相を反映しつつたけし軍団よりもハイセンスな名前がつけられていました。

 

そのときはいやいやだったのですが知らぬ間にしっくりきて、EVE祭に向けて練習をしました。前のブログにも書きましたが全部オリジナルだったのでそこそこ頑張りました。今出川の今はなき学生会館に「星の会」のBOXがありそこで練習をしました。「TINPO MAN」の振り付けがどうしてもおかしすぎて笑ってしまい最後までできず苦労しましたが、今から考えればサークルの中で一番楽しかったです。僕らが機嫌よく練習していたら、同期のメンバーが外から「うるさいんじゃー」と扉を蹴って我々を驚かせたということもありました。

 

Folk Alive Clubのミーティング場所でもあった学生会館がなくなったのは本当にさびしいです。少しはなしがそれましたが、一度このブログのタイトルにもなっている「星の会」にも触れる時期が来たようですね。近々発表します。明日は久しぶりの練習です。

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2005年8月14日 (日)

Marlboro とFolk Alive Club 僕は「TENDER」

Marlboro=タバコ とFolk Alive Clubは密接な関係があります。当時このサークルではタバコをすうのが当たり前のようになっていました。もちろん吸わない人もいましたが、先輩から「タバコは見栄ですうもんや」と教えられました。実際、タバコを吸いながらアコギを引く姿はかっこよく映りました、また吸い方も人それぞれのスタイルがありそれもまたオリジナリティになっていました。確か「Marlboro」は外国のタバコという認識で人気があり、メンソールのMarlboroは当時、空港の免税店でしか手に入らなかったと思います。(今では普通に自販機にありますが。間違っていたらごめんね)で、そんなこんなで相方がこの曲を完成したということです。今、昔の先輩方の音源を聞き返してみると、けっこうタバコというキーワードがでてきます。今は禁煙派のほうが主流ですが、タバコに何かを求めていた、そんな時代が懐かしいです。

 

ちなみに僕は、知る人ぞ知る日本のタバコ「TENDER」タール4mg)を吸っていました。マイナー好き、健康に気を使う僕にとっては一番マッチしたタバコでしたが、売ってる場所を探すのに一苦労でした。今はあるんかな?

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2005年7月28日 (木)

1991 Folk Alive Club 「迷曲集」

我々が所属していた音楽サークル「Folk Alive Club」では毎年サークル所属者のオリジナル曲をみなが投票して選び1曲ずつカセットテープに録音するという、いわば「ベスト盤」みたいなものを作っていました。これが1991年度盤がここでは他の人の曲もあるので詳細はかけませんが、なかなかのものです。そのときは先輩の曲でも「しょぼいなあ~」と思っていたものが、今聞き返すと大学生でこんな詩を書いていたのか、なんて思ったりもします。決して思い出に浸るだけではなく、中身の濃い僕にとっての貴重な音源です。それもいまデジタル化中!

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2005年7月12日 (火)

Folk Alive Club フォークアライブクラブ その6(FAC)

地道にカラオケボックスで練習を重ね、そして再結成のファーストステージの日がやってきました。我々が選んだ場所は梅田のヨドバシカメラ前の路上でした。ストリートははっきりいって勇気が要ります。学生時代でもあまりやったことがありません。でも実際出てしまったらそんな気持ちはふき飛んでしまいました。まさにP-MODELでいう「解凍」です。どこにでもいる平凡なサラリーマンがスーツを着ながら重いハードケースに入ったギターをもち、多くの人が行きかう雑踏の中で思い切り歌うことに、好きなことをこの年齢になってすることができるというある種の優越感に浸りました。そういういきさつがあり今に至っています。とりあえず「Folk Alive Club」での題の話はひとまずしつこいので終わります。明日は飛び入りライブです。とても楽しみです。

 

ちなみにまだ同志社大学に「Folk Alive Club」 はあるようですね。昨年EVE祭こそっと見に行きましたが、軽音サークルのようでしたが名前が残っているのは嬉しいです。もしなんかで検索してこのブログにひっかかたら声かけてねfuji

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2005年7月11日 (月)

Folk Alive Club フォークアライブクラブ その5 (FAC)

わずか1回限りの結成だった「潮吹きボーイズ」が復活したということは…つまり冒頭に書いたとおり、人に聞かせるまともな曲がないのです。相方とも大学卒業後連絡を取ってなかったのですが、たまたま職場が近く、卒業以来何年ぶりかにばったり出会いました。これは運命ですshineそして昔歌えなかったことを今歌うべく、また大人になってからの思いをそのまま歌おうとしたのです。いつのまにか、家庭を持ち、しがないサラリーマンになっていた二人はというアイテムにより新しい道を踏み出したのです。まったく一から曲をつくりはじめました。また昔の曲も作り直しました。そのひとつが「国道24」です。

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2005年7月10日 (日)

Folk Alive Club フォークアライブクラブ その4 (FAC)

サークル内では考えられないキーボードから流れる電子音が気に入らなかったのか、はたまたアバンギャルドはこの世界に不要だったのか、まったく受け入れられず、挙句の果てに先輩から「まだやるんかい!」と罵声を言われる始末。30分のステージを終えた我々は、あまりにも星も会の部室で行った充実した練習を忘れるほど無念を感じました。結局、企画バンドだったのでこのときで潮吹きボーイズは自然解散となったわけです。それから13年…その無念を晴らすべく潮吹きボーイズが復活したのです!!

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2005年7月 9日 (土)

Folk Alive Club フォークアライブクラブ その3(FAC)

その曲とは、

 

・西城秀樹の「ヤングマン」のアンサーソング「TINPO MAN」

・このブログのタイトルにもなっている「星の会の少年」(星の会とは、という議論はまた後ほど)

・「星の会」への部長に尊敬の気持ちをこめて作った「くたばれ○島」

 

そして、当時一世風靡していた「MCハマー」にならい、この保守的なサークルに「ラップ」の曲「僕たち星の会、僕たちFAC」をリリースしたのでした。また曲の合間に演劇の要素を組み入れました。

 

しかし、時代より先に行き過ぎたとはこのことでした。

 

 

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2005年7月 4日 (月)

Folk Alive Club  フォークアライブクラブ その2(FAC)

もともとへたくそな2人が即席でバンドを組んでもいいものはできません。そこで誰もがまねできない面白くてクオリティの高いものを目指しました。

 

FACは「オリジナル曲」を演奏することが義務付けられていました。いくらギターがすきでもコピーだけではこのサークルでは活動できないのです。ですがEVE祭の企画バンドではコピーもなんでもOKです、企画なんですから。

 

しかし我々はすべて「オリジナル」で勝負することしました。その結果、いままでのFACでは考えられない時代を先取りするようなものが生まれたのです。つづく

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2005年7月 3日 (日)

Folk Alive Club 「フォークアライブクラブ」 その1(FAC)

潮吹きボーイズとしては曲数があまり多くありません。というのも再結成して約1年半が経過しますが、もともとの結成の由来は、相方とは同志社大学でFolk Alive Clubというフォークソングサークルに所属してお互いソロで活動をしていたのですが、学園祭(EVE祭)の時に企画バンドとして誕生したのが最初です。そのとき、そして今でも我々は非常に新しいものを作ったと自負しています。その当時のサークルの雰囲気はさだ、ツヨシ、浜省、尾崎、ビリージョエル、アリス、拓郎、S&G、ブルース系といった俗に言うべたなフォークです。すでに時代から取り残されている空気が漂う中、実は僕もその空気が好きだったのですが、そのときはヒカシュー、P-MODELや高野寛にはまっていたせいもあって新しいことをアコースティックギターで表現したいと思っていました。そのような時代背景の中「潮吹きボーイズ」は保守的な壁を打ち破るべく誕生したのです。この後「Folk Alive Club」の題で不定期に続きます。

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