カテゴリー「Folk Alive Clubの宴会」の記事

2005年12月11日 (日)

お酒大好き

ここからの続きです。

Folk Alive Clubの宴会のおかげで一つだけ良かったことがありました。

 

それは酒が強くなったことです。

かつ、酒を楽しんで飲むことも覚えました。

 

その他の学生時代の宴会でも多少の一気ならなんら問題なくなりました。いやいや飲まされるのとは根本から違います。FACに比べるまでもありません。逆に僕自身お酒が好きになり、就職活動でもお酒を扱う商社や会社を受けたぐらいですから。特に日本酒はよく飲みました。若干味にもこだわったりして。

 

今は昔のようにしょっちゅう飲むこともなく、量も減ったので随分と弱くなりましたが、やっぱりお酒はいいですね。でも飲みすぎには注意しましょう。

2005年12月 8日 (木)

吐くまで酒を飲みたい

酒を吐きまくった翌日はさすがにつらいです。

授業があればなおさらです。それで同志社の田辺の坂を登るのはたまりません。

気分が悪いのもいやですが、思いっきり吐いた次の日は、が筋肉痛?なるものををおこし、その日中にはなおりますが引きつるような感覚がいまだに忘れられません。

 

我々同期の間ではフォークアライブクラブは

 

○ライブでは全てオリジナル曲を出さなければならず、そのかせが結構苦になっていた

○その上、お金を払って宴会に参加し理不尽に吐くまでお酒を飲まされる

○テニスサークルのような色気がない

 

という理由で純粋に音楽が楽しむことが出来ない、そしてそのままサークルをやめた人間も多々いました。でも今となってはいい思い出です

 

相方1号がサークルを引退して間もなく

 

「あのときのようにもう一度、吐くまで酒を浴びるほど飲んでみたい」

 

と言ったのがいまでも忘れられません。

10年以上経ったいまも同感です。

2005年12月 7日 (水)

宴会終わりは先輩宅で宿泊

こんな宴会も時間が来れば必ず終わります。

終わってみれば意外と皆普通でした。酔いつぶれていた人間もいましたが、ある程度吐いてすっきりしていたのでしょう。

僕は前にも書いたとおり一度吐くと意識はありますが完全復活は無理なのでとっとと早く帰りたいと思っていました。

しかし、先輩が後輩を思うやさしさでしょうか、僕は家が京都市内にあったので深夜でも余裕で(タクシーですが)帰ることが出来たのですが、

 

「僕はタクシーで帰ります」

「あかん、うちにとまれ」

 

と、自宅に帰してくれません。

かといって先輩宅でまた飲むことはないので、吐くまで飲まして無責任に帰すのは心配だったのでしょう。まあ、本当のところは良くわかりませんが、終わってからもなかなか解散せずにくれしまの前でたむろっていたのを覚えています。

 

そういえば、くれしまの向かいにある家(お店?)のシャッターにみな もたれかかっていたときに電気ショックのような衝撃を受けた覚えがあります。おそらくバンバンとシャッターを蹴ったりたたいたりしていたので、スタンガンみたいなもので攻撃されたのでは?いまだにそれはむかつきます

2005年12月 6日 (火)

ゲロムースとは

「くれしま」は本当に理解のあるお店でした。

なぜなら、部屋はビールやお酒がこぼれ、ゲロの入ったゴミ袋、またはゲロがあちこちに散乱し、トイレは誰かが入りっぱなし。煙草・ゲロ・日本酒の匂いで一杯。騒ぐわ暴れるわなんですが、一度もお店からその場でクレームをいわれたことがないのです。(知らん間に言われていたかも)またお店も遅くまでやっていたので、まさにFACの宴会ではうってつけの場所ですね。一乗寺までいくかいがあるというものです。

 

諸先輩方は本当に最後まで飲んでいました。大体のまされる人は決まってはいたのですが、特に後援会のメンバーが凄かったです。後援会とは前にも説明したとおり女性です。この女性陣がおもしろいぐらい吐くまで飲みます。

 

「ゲロムース」という言葉がありました。

その意味は、吐いた時にゲロが自分の長い髪にかかってしまうという事です。要は吐く時点で、自分の髪を退けることすらも出来ないぐらい酔ってしまっているのです。「ゲロムース」は先輩から聞いてはいましたが、後援会のメンバーの一人が座敷で座っているときに冷静な顔の口からだらだらと吐いたのをいまだに覚えています。

 

こんな光景をみると少しばかり興奮してしまうのはなんででしょう。

2005年12月 4日 (日)

青いゴミ袋 Folk Alive Clubのヒエラルギー

一昨日からの続きです。

 

僕の場合、日本酒3杯の一気飲みが限界です。

自分自身の体は自分が一番良くわかります。これ以上飲むと吐いてしまうタイミングがわかるようになります。しかしそういうときでも飲まなければいけません。吐くことはわかっているので、いつでも吐けるようにと先輩がすぐそばに青いゴミ袋を横においてくれます。

 

「もうこれ以上飲んだら吐きます」

「吐いてもいいからとりあえず飲め」

 

口に日本酒が入った時点で吐き気に襲われます。おそらく食道を通り胃に届くまでに嘔吐していたんでしょう。横にゴミ袋があるので大丈夫なんですが…何か違いますね。吐くことをわかっていて飲むのは、何か納得できないものがあります。おかげで僕はトイレではいたことはほとんどありません。

 

人によっては一度吐いたら復活する人もいますが、僕の場合、一度吐いてしまうと、何回もかけて最後まで吐いてしまいます。よって、もうこれ以上飲むことができません。飲んでもすぐに吐いてしまうんで。

 

思いっきり酔って、頭をふらふらさせながら、青白い顔をして宴会が終わるまで待たなければいけません。結構つらいですが酔ってしまっているので時間の感覚もわかりません。

吐かずに寝るとたたき起こされますが、そういう状態までいって寝てしまえば乗り切れる可能性は高かったです。

 

しかし、一つ筋が通っていたのは、

こちらが飲む前に、先に(あるいは一緒に)必ず先輩が飲んでくれました

「俺も飲むからお前も飲め」というのは正解です。我々の先輩は全員お酒が飲め、全員酒が強く、そして全員吐いてぼろぼろになっていました。現役の幹部である3回生でも、OBで在学中の4回生がおり、またその上の留年している5回生に飲まされ、さらに卒業したOBが上で君臨するという、フォークアライブクラブでの宴会ではそんなヒエラルギーが成立してました。OBはどんだけ強いねん!

 

つづく

 

2005年12月 2日 (金)

「グラスの色が違う!」「とりあえず飲め!」

この宴会ではビールだけ飲むというのは許されません。たくさんの量をのむということ以外に日本酒を飲まなければなりないのです。会が始まって、ビールだけでもすでに酔いが回っている状態なのに、そのあたりから先輩から日本酒をすすめられます。

 

先輩に気づかれないようにしてると

 

「おい、グラスの色が違うやないか!」

 

残っているビールを飲まされ、日本酒を入れられます。そして一気のみです。やはり日本酒の一気飲みはいくら酒が強くてもあっというまに酔いが回ります

 

1杯目まではなんとか耐えることができます。そこからは先輩とのトークの流れ次第。その流れが悪いと、

 

「もう1杯飲め」

連続はきついです。

「もう無理です」とか「今日は風邪気味」とか「体調が悪い」とか「明日テストがある」などなど、断る理由を言葉にすると

 

「とりあえず飲め」

「飲んだら治る」

 

です。何を返してもこの答えなので無理問答です。

断ることはできません

 

つづく

 

2005年11月30日 (水)

居酒屋「くれしま」で乾杯!

打ち上げに行く=吐きに行く

 

です。

最初は誰だっていやです。しかし回を重ねるごとに自然と「吐く」ということに順応していったのです。同期の一人が「飲む前に液体の二日酔いにきく薬(ソルマックのたぐい)を飲めばいくら飲んでも吐かない」と言ったので打ち上げに行く前に大学の近所の薬局で購入し、皆で飲んだものです。しかしこれは全く効果はありませんでした。

 

 宴の最初は1回生から順に一人ずつ今日の感想や反省を述べコップ一杯のビールを一気飲みします。我々の同期の中ではその打ち上げがいやでずる休みをしたりするメンバーもいましたが基本は絶対出席です。また、すわる場所によっても左右されます。すなわち、飲まされる先輩が近所にいるとどつぼにはまるのでなんとか雰囲気を殺して逃げ切ろうともしましたが、やっぱりそんなことをしていると「おい、お前飲んでへんやろ!」一喝されました。また後援会のメンバーが不可解に場を盛り上げます。

 

酒が入ってくると、おのおのにエンジンがかかります。説教じみたことを言う人もいれば、とりあえず酒を飲めという人などさまざまです。僕としてはどちらでも楽しかったのでそこは問題ないのですが、酒がビールから日本酒に必然的に切り替わるのです。つづく

2005年11月28日 (月)

同志社大学EVE祭終了日 一同「くれしま」へ

26日から3日間続いたEVE祭も今日で終了です。

 

終了をしめくくるのは打ち上げです。

 

我々が所属していたころのフォークアライブクラブは、毎回ライブや定期演奏会が終わると打ち上げがありました。その打ち上げというのが、楽しいのですが、無理やりお酒を飲まされるのです。大学のコンパとか飲み会は得てしてビールやお酒の一気飲みなどつきものですが、凄まじいものがありました。

 

その会場となったメインの店は百万遍および一乗寺の「くれしま」です。ここで大声や奇声を出して飲んでました。お店の人からしたら大概迷惑だったでしょう。一次会が百万遍の「くれしま」で、二次会が一乗寺の「くれしま」という意味不明なコースです。まさにここではまったりした空間や色気なんてまったく皆無です。

 

僕自身は実は結構楽しみにしていました。先輩の話もいろいろ聞けるし、はたから他人が酔ってつぶれるのをみるのも結構興味深かったのです。もちろん我々も先輩から「飲め!」と言われたら飲まなくてはいけません。

 

しかし人間、慣れとは怖いものです。

 

つづく